幼女連続誘拐殺人事件
宮﨑勤、という名前を聞けば、30歳くらいより上の世代ならピンと来るだろう。
幼女誘拐殺人事件としてあまりにも悪名高い事件である。「オタク世代」の犯した異常で残虐な事件として、社会的に深刻な衝撃を与えた大事件である。
この事件が冤罪だと公の場で主張している人は、僕の知る限りでは存在しない。
ところが、ネット上で、この事件に疑問の声を挙げている人物がいる。
こういうキワモノ的な情報に興味のある方は、悪魔氏によるこのサイトを一読願いたい。
量が膨大なので読みきれない、あるいは読む気はないがなんとなく気になる、という方のために、ポイントだけ要約して以下に述べるが、悪魔氏の書く文章には、非常に練り込まれた深く重い思索が綴られているので、できれば多少の労を厭わず彼の文章を直接全文お読みになることをお勧めする。
悪魔氏は、この事件が冤罪だと断定しているわけではない。ただ、少し冷静に検証してみると、腑に落ちない点があまりに多いと述べている。宮﨑勤事件が冤罪であるかどうかはともかくとしても、悪魔氏の一連の視点は、警察、マスコミ、裁判所の現状に対する検証として大きな意味を持ち続けていると感じる。以下に、その指摘の断片を列挙する。僕には、なにかこの事件も、一筋縄ではいかない深い闇が隠されているような気がする。
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●宮﨑勤の逮捕された経緯は、いわゆる別件逮捕で,直接の容疑は、一人の少女への強制猥褻容疑であり、幼児連続殺人事件の容疑ではない。この状況では,本来の容疑とされている連続幼女殺人事件での取り調べは出来ない。それを可能とするには、彼が自ら進んで上申書を提出して積極的に自供をする必要がある。宮﨑は、綾子ちゃんの遺体が発見された89年6月11日より1ヶ月余り後の7月23日に逮捕されて、8月9日に、綾子ちゃんを殺したことを認め、自ら上申書を提出したとされる。
●しかし、逮捕された事件(幼女の全裸写真を撮っていたところを彼女の父親に発見されたとされる)では,姉妹に声をかけ、その一人を途中で帰しているが、このような行動は、常に一人遊びの幼女に声を掛けた犯人の行動パターンとは、明らかに違う。自分の顔が記憶されるのを何よりも恐れる犯人の行動としても、不自然である。
●また、いわゆる“今田勇子”による『犯行声明』と、宮﨑勤が書いた『上申書』の筆跡は、まるで違う字体である(『宮﨑勤精神鑑定書-多重人格説を検証する』瀧野隆浩著、21,167頁)。これが、多重人格説の根拠の一つにもなっている。
●逮捕の状況にも不審な点がある。宮﨑勤の逮捕翌日に、父親が警察に、息子が帰らぬと心配して連絡したが、警察は、八王子署に拘留されているが、大した事件ではない…との返事をしている。家族が積極的に連絡するまで、警察は、家族に逮捕の事実を連絡していない。宮﨑勤に国選弁護人がついたのは、逮捕の2ヵ月後であり、それまでに幼女誘拐殺人の犯行をあらかた自供している。
●第1審の公判中に宮﨑勤の父親が自殺したことをマスコミはほとんど報じなかった。父親は当初、警察の捜査に積極的に協力し、マスコミに彼の部屋を公開したりしたが、彼に面会に行くことはなく、母親が面会に行くことも止めている。
●朝日新聞本社に宛てられた犯行声明の中には、『狭山警察署長が嘘を言い、捜査員には真実を明らかにしていない』といった、警察内部の人間にしか書けないような記述がある(ちなみにこの記述は、新聞報道などでは割愛されており、『宮﨑勤裁判(上)』佐木隆三著、朝日新聞社刊(91年8月1日初版)にしか載っていないらしい)。
●判決では、性的欲求が犯行の動機とされているが、宮﨑は元々,性欲を感じたことがない特異な人間だった、と精神鑑定医は述べている。(『宮﨑勤精神鑑定書』、185頁以下)。これが事実だとすれば、犯行の前提そのものが崩れる。
●宮﨑は、殺害現場や、誘拐した少女をビデオ撮影していたとされるが、彼自身の記述によれば、『カメラやビデオは好きではなく,撮影機にも写真にも撮影事にも興味はなく一台も持っていない』(『夢のなか―連続幼女殺害事件被告の告白』宮﨑勤著、創出版、46~47頁)。
●88年12月の,絵梨香ちゃん殺害の行動について,ラングレーを現場付近で脱輪させたとしているが,この脱出を助けた元自動車販売業者の証言では,車は断じてラングレー(宮﨑勤の所持していた車種)ではなかったとしている(この証言は公判では無視された)。
また、間近に犯人を見たとされる目撃者は、検察側からの働きかけにもかかわらず、法廷では証言していない。また目撃者は、警察に対する供述の中で犯人の人相着衣に全く触れていない。あるいは、触れたのかもしれないが、完全に無視されている。
●宮﨑勤が逮捕されて、第一回公判が開かれるまでの8ヶ月の間に、彼は、順次犯行を自供したとされる。その中で彼は、理路整然と自供しているが、公判廷では7年間にわたり、『全体的に醒めない夢を見て起こったと言うか、夢を見ていたと言うか…』という曖昧で他人事のような供述に終始した。果たして、このような人間が理路整然とした自供や供述が出来たのか?
●宮﨑勤が多重人格とされているのは、同一人格では犯行に辻褄が合わないからではないか。取調べ中に犯行を自白し自己の犯行を理路整然と供述した人物と、公判における宮﨑勤の夢遊病者のような茫洋とした人格とは同一人物とは思えないほど異なっている。
●公判における供述内容が自供したといわれる調書の内容とまったく異なっている。検察側はこれを、精神分裂病や多重人格(四重人格!)によるものとしているが、もともとの自白が自分の記憶と意思によるものでないから一貫性がないのだと考える方がむしろ自然である。公判における彼の態度は、高度な催眠術で自分が犯行を実行したとする暗示を植え付けられた人間のそれである。
●公判の最後に彼は、『早く家に帰りたい』と言い、判事の『帰れると思うか?』との問いには、『はい。それほど悪いことはしていませんから…』と言い放った。これは、自らの無実を語ったに等しい言葉である。いかに暗示によって,犯罪を実行したかのように思わせられても、所詮、それは、夢の世界の出来事でしかない。本当の自分は、そんな犯罪を犯していないことを知っている。ただ、何故、自分の心に犯罪の記憶があるのかが分からないのだ。つまり、催眠術で与えられた暗示は、それが何処から来たかが分からない。我々が夢を思い出したときに、どうしてそんな夢を見たのか分からないのと同じである。
●裁判所は、7年間に及ぶ公判中の宮﨑勤の不可解な言動を「拘禁反応」の一言で片付け、彼が「拘禁反応」に陥る前の、逮捕されてから2ヶ月の間に(国選弁護士もいない状態で)作成された供述調書に基づいて判決を組み立てている。
宮﨑は、公判段階では,誘拐の犯意や殺意等を否定し,殺害現場にネズミ人間が現れたとか,全体を通して夢の中でやったような気がするなどと述べるばかりで,公判の中で一度として積極的自供を再現していない。
裁判所は,事実認定を争わないとする前提から,裁判所が明確に確認のできない捜査段階での被告の供述内容を絶対的に正しいものであると認定し,敢えて,そこでどのような取り調べが行われたかの検証は一切除外している。
●『覚めない夢の中で犯した犯行だ』とか,『鼠人間が現れてマネキンのようなものを落としていった』などという彼の供述は、強度の催眠術にかけられて犯人に仕立て上げられた容疑者の言葉である。何度も『鼠によく似た』取り調べの警察官に,マネキンを使って,犯行のシミュレーションがなされて,犯人であると思い込まされて来た経緯も考えられる。
彼は,決して直接犯行を認めている訳ではない。
●宮﨑の弁護団は、死刑判決が下された1審に対する控訴審において、捜査段階の取調べが拷問による自白であるとの主張がなされたが、信用出来ないと一蹴されている。
宮﨑自身は次のように発言している。
『警察は,言う通りにしないと怖い』『警察の話に合わせないと酷い目に遇うから早く終わって欲しいと思った』(『宮﨑勤精神鑑定書』216頁)
『警察に合わせてるからわからない』(上掲書、138頁)


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